ロックスターの隠遁場所は森の中の妖精の家 Tiny House 8 (オリンピア、アメリカ)

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この木造りのキャビンを見て唐突に中野駅近くのクラシックという喫茶店を思い出した。よく行ったのは1970年代のはじめだったと思う。その時すでに階段を登るとガタピシ音がして半ば倒壊しそうな建物だったが、中は古い家具やアンティークな置物などわけの分からないものが詰まった穴蔵のようで、インテリアは廃材のようなもので天井から床まで組み上げられていた印象であった。もちろん名前の通り、そこで響き渡っていたのは高尚なクラシックで、ここで取り上げられているロックスターとは関係ないのだが。

さてここに出てくるAlban "Snoopy" Pfistererについても、また彼がドラマーとして加わり、60年代終わりに有名になったというロックバンド'Love'についても、私はまったく知らない。しかし、Alban がこの建物を評していみじくもモンスターと言ったが、若者のうちにモンスターが巣食って暴れていたカオスの時代を想起させるには十分な、この異様に濃いいでたちを見ているだけで、彼が当時たっぷり浸かっていたロックの熱っぽい世界を想像できる。

彼はやがて一般の目から身を隠し、それまで暮らしていた大きな家を売り払い、人里離れたワシントン州オリンピアのこの深林の中に、この美しいタイニーキャビンを建て始める。その間の紆余曲折についてはあまり語られていないが、変革の嵐が去った後、日本の当時の多くの感性豊かな若者たちも選んだ、炭酸の抜けた発泡酒のようになった社会からのドロップアウトの一表現であったかもしれない。この家は、周りの深林の環境に溶け込むかのように、幾重にもカーブしたデザインと自然素材で満たされている。まさに後年映画になったファンタジーホビットの住まいの雰囲気を先取り的に実現しているかのようでもある。

区切りのないオープンな室内には折れ曲がった木々がそのまま使われていて、外の環境と違和感なく、まだ深い森の中にいるように感じさせる作りである。唯一の近代設備であるキッチンの冷蔵庫もたくみ隠され、閉ざされたセクションを作りたくないので、トイレットさえも外に設けられている。バスタブが置かれた空間はこの家のコンセプトを如実に物語っている場所。飲み物をキッチンへ取りに誰かが通り過ぎたとしても、気にせずにバスにゆったりと浸かっていられる、また、そういうことを許してしまう、自由さに満ちた空間設計なのである。もっとも通常は彼一人で暮らし、あるいは彼の若い家族が泊まりにくるぐらいなのだから。

室内のあちこちに座る場所があって、友だちとチェスをしたり、楽器を演奏したりしている。その姿を垣間見る人がいたら、彼らはホビットドワーフの一族に見えるかもしれない。この森とひとつながりの環境は、彼のインスピレーションを刺激し、アートと新しいミュージックをこれからも創り続けさせて行くだろう。彼の今を示す音楽は下から。

Alban "Snoopy" Pfisterer | Humans On Mother Earth are H.(O.M.)E. | CD Baby Music Store