峠の茶屋 ヨネジーの覚書

峠の茶屋でのゆっくり一服どころか、茶漬けを掻き込んで次の目的地に向かう飛脚さながらの人生。90パーセントがカスかもしれないけど(娘に言わせりゃ100%カス)息が続く限り書き続けていきます。

今年のXfactorUKもいよいよ大詰め。思いとは違った結果に。

久しぶりにXfactorをチエックしたら、自分が推していた人たちはほとんど落ちていた。しかし、残った顔ぶれを見ると納得するところは多い。まず今年一番と思っていたShanaya Atkinson-Jonesは遥か前の「6席争奪」の時点で落ちていた。その前の時点で危惧していた音程のずれが露骨に出て、またそれを補うべき持ち味のディープなエモーションも空回りしていた。誰が聞いてもこりゃ仕方がないという内容だった。残念!

しかし、もうひとりの期待のコンテスタントGrace Daviesは、何回かのライブショーをこなしてファイナルを迎えるまでになっていた。ピュアな内面感情の表出を、オリジナルな曲と詞、そして全くユニークなクセの強い歌唱法によって、ここまで認めさせるとは大したものだ。

次に残念なのはセミファイナルのセカンドステージで、Lloyd MaceyとThe Cutkelvinsが消えたこと。確かにRak-SuやKevin Davy Whiteは、歌唱力もテクニックも安定性が高く、迫力もあって、誰もが納得の実力の持ち主たちなのだが、そしてその点がイングランド都市部のファンから圧倒的な投票数を稼いだ理由だろうが、どこか心にがつんと来る新鮮なものがなくてステレオタイプでものたりない感じがした。とりわけKevin Davy Whiteのジミーヘンドリックス。ノイズのない=魂のないジミヘンなんていくら上手でも塩抜きの漬物のようだよ。せめて下町のパリジャンならシャンソンの泥臭いサビを効かせてほしかった。

メロウな美声のLloydはウェールズ出身、一方の2人兄弟と妹からなるThe Cutkelvinsはスコットランド出身。地方に保存されている繊細な感性や魂、いい意味でのローカリティが、新しきものを求めてやまないミュージックインダストリーの沸騰するパワーに押されて、結局は敗退してしまったという世界中で蔓延している結果の写し絵のようで、ちょっとがっかりの結果でもあった。しかし、The Cutkelvinsの上品さを秘めた今風のファッションセンスは、最初に惹かれた要素だったが、流行の最先端を意識しすぎる地方都市であるがゆえのセンス(渋谷でクールに決めているのは地方出身者というのと同じ)という感がしなくもない。また、妹の歌唱力がどこか弱々しい感じだったので、当然の結果だったのだろう。

その後ファイナル1でKevin Davy Whiteが消え、ファイナル2はRak-SuとGrace Daviesの一騎打ちとなった。自分としてはGrace Daviesのエキセントリックとしてしか現れようがないピュアな個性に期待していたが‥‥

 

さて最終結果発表。Rak-suの圧倒的勝利。ラストパーフォーマンスを見ると一般大衆の選択の正しさを認めざる得ない。このグループの爆発的元気は、イングランドムスリム国、アフリカの多人種が寄り集まったダイバシティから生まれてきたもの。従来のボーイズバンドの範疇にはくくれない全く新しい力を感じる。ユーロ離脱Brexitという閉じこもりを選択したイギリスへNONを突きつける、グローバル都市ロンドンのアマルガムからの強烈なカウンターパンチとでも言ったら良いか。それが最後の最後、Rak-suのパーフォーマンス(ハーモニー、ダンステクニック、バランスなど、すべてに抜きん出ている)に否が応でも注視せざる得なくなって見えてきたことだった。Grace Daviesの演出はこのパワーに負けまいとするかのように、バックダンサーの集団をこれでもかと投入したが、それが返って裏目に出て、心深く静かに訴えるGrace の個性を殺す結果になっていた。

しかし、最後に付け加えたい。Grace is a far superior addition to the world's music. Graceは、Rak-suのような万人に受ける要素はないかもしれないが、アーティストとしての道を歩み、新たなジャンルをつくる力を持っている。

 

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